「モテ」たいという自分を肯定する

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心理学とか愛着障害とか自己肯定とか自己理解とか、もうグルグルグルグル色んな情報を見聞きしている。結局のところ、人間という生き物はただ『モテたい』だけなのではないかと思う。

で、『モテる』ためには、どんなに外側から自分を修理しても『モテる』ようにはなれないことを理解して、『モテたい』と思っているけど『残念な自分』がいて、その自分を認めることかできないかぎり決して『モテる』ことはないと理解しないと始まらない。現状の自分と理想の自分のギャップが大きければ大きいほど、生きづらさを感じるのだけど、こんなことを反すうすることが「時間が無駄だったなー」と思うくらい反すうするしかないのかもしれない。

反すうする原因は何かと言うと、『知能指数の低さ』だ思う。分解していけば、これは情報処理とか作業記憶とかそいうことなので、反すうする癖を治したければ、知能テストを受けて、自分の知能がどんなレベルでバランスはどんな状態なのかを知ったほうがいいと思う。高い低いはあまり重要じゃないので、自分の特徴を理解して低い部分を『脳トレゲーム』で補えばいい。高い部分をもっと突き抜けた個性にするという方法もあるけど、ある程度余力を持ちつつ、平穏な人生を送りたいと思うなら、一旦、バランスを整えることが良いのではないかと思う。そのあとで、また自分の強い部分をあらためて伸ばせばいいんだし。

『モテたい』と思うのは人間として当然の気持ちだけど、『モテたい』と言っても人の数だけ違いがあると思う。それを深く深く考えることでしか、自分も他人も幸せにすることはできないのだろう。「ニワトリが先かタマゴが先か」のように「自分が先か相手が先か」について考え続けるしかないのだと思う。生きている限り、『悟った』なんて必要ないのかもしれない。

こういったことを考えるのに、専門家の話はもちろん重要だけど、日々の生活の中での気づきも大切だと思う。気づきを得るためには偏見をなくさなきゃいけない。偏見がなくなると、色んな人の色んな意見が、スッと理解できるようになってくる。生きづらさが減っていく。自分が好きな著名人の考えから影響を受けるのもよいけど、それまでは軽く見ていたジャンルで輝いている人達の言動を見聞きするのも良いんだなと気付いた。二村ヒトシさんであったり、柏木由紀さんであったり。それぞれの業界で長く存在している人たちにはそれなりの理由がある。こういうことに気づけて良かったと思う。

明日、50歳になるオッサンでもまだまだ新しい価値観を発見したいのだ!

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