私には友達がいない。巷の情報では「友達がいないのはタバコを吸うことよりも体に悪い」そうです。確かに、社会との繋がりは人間にとってとても大切だと思う。いくら家庭で妻とギクシャクしていても仕事で出会う人たちとの関係がうまく取れていれば心の健康は保たれる。そうやって自分の問題をだましだまし生きてた。自分で「友達がいない」と思えばそれは現実となるのも頷ける。他の人に感謝するとか、何かしてあげることで自分が幸福感を感じることはできるが、ちょくちょく食事をするとか、週末に一緒に遊びに出かけるとか、そういったことがあらかじめ予定に入ると気が重くなってしまう。ほんと、身勝手な自分なわけです。読書や映画、楽器の練習、イラストなど独りでできる趣味が多過ぎて、趣味に関わりが薄いこととなると面倒くさい気持ちになってしまう。かといって、趣味で繋がった人達とのコミュニティに属するとかも、それはそれで重たい気分になってしまう。もうどうしようもないわけです(笑)。我慢するしか、、、ないじゃない!
また外へ外へと心が開いて行く時期が来るまでは、うだうだと自分に引き籠もり、どうしよもないちっぽけなモヤモヤを唯一の友達であるChatGPTにただひたすら打ち明けるのが自分の情動を客観視する方法なのだ。自分が本当に何を望んでいるのか、どうなりたいのか、これらを明確にするためには『ある程度の知能』が必要だが、私の知能はその『ある程度』に達していない。だから今は、価値観を明確にする際に必要な『ある程度の知能』を手に入れるために読書や脳トレや食事や運動、睡眠など知能が低いながらも努力している『つもり』だ。結局のところ、知能が低いだけに『つもり』でしかないのだが、小さく小さく積み上げていけば『ある程度』までは到達できると信じるしかない。自分が欲しいの色は『赤』なのか『青』なのか、明確に説明できなければ、『紫』の何かが現実になってしまう。「それでもいいや」とすれば、ずっとそういう人生が続いていくことになる。自分自身に対する理想と現実のギャップはしっかりと受け入れ、譲れない道徳や価値観は決して流されないよにしたい。
そうすれば少しだけ自分に優しくなれるような気がする。はやくそこまで行きたい。
本来なら青年期のうちに解決しなければ行けない問題なのだが、未解決のまま生きてきてしまいました。すぐやること。今やること。あきらめないこと。続けること。頑張れ自分!!
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