自己認識とか自己理解が乏しい自分をどうにかできないものかと自己啓発本とか読んでみるものの、地頭の悪さで効果的な成長が見られない。自分の顕在意識と潜在意識のギャップが大きいから、いつも生き辛さを感じる。知能の差が幸福感の差を生んでいるのもようやくわかってきた。知能の差は幸福感だけでなく、収入の差を生むことも理解できるようになった。ではどうやって、こんな私が幸福感や収入を上げていけばいいのだろうか。今わかるのは、一般的な人達と同等のやり方では難しいということだ。こうやって理由もわからず、誰が見るでもないブログを書いているのも暗中模索の中の一つの行動だが、これがな何に繋がるのかを思い描けているかと自問すると、描けていない。とにかく手を動かせば何かヒントが見つかるかもしれない、という甘い認識だ。
最近読んだマンガで『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』には、まさに地頭の悪い私のような主人公のワタナベくんが登場するが、彼は彼なりに頑張って生きてきているが「人生が、始まってる気がしない。」という。まさに私もそんな気持ちがしていて、見ていてけっこう切なくなった。自分自身の価値観や目標を持とうとしても、それらを明確にする知能が無いから、自分にとって最善ではない選択をし続けてしまう。だから何年経っても「人生が始まらない」のだ。いっそのこと中途半端な自己理解など無いほうが幸せなのかもしれない。実際、他から見て自分が見えていない人はたくさんいるし、けっこうそれでなんとかなっている。とはいえ、気づいてしまったからには、自分の特徴をしっかりと見極めて、社会との良い繋がりを作るためにはどう振る舞えばよいのかを考えられるよようになりたい。五十路を直前に控えてこんなことを考えている自分。死ぬまでには幸福感を感じれるように勉強しつつ、感謝を忘れずに生活したいと思います。いいな~、知能が高い人。
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